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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)5211号 判決

原告(反訴被告) 大陽精機株式会社

右代表者代表取締役 梅原陽三郎

原告(反訴被告) 大陽ステンレススプリング株式会社

右代表者代表取締役 梅原陽三郎

右両名訴訟代理人弁護士 島田正純

同 島田叔昌

被告(反訴原告) 岡部馬之助

右訴訟代理人弁護士 内藤義憲

同 安彦和子

主文

一  原告(反訴被告)大陽精機株式会社、同大陽ステンレススプリング株式会社の本訴請求をいずれも棄却する。

二  原告(反訴被告)らは、被告(反訴原告)に対し、連帯して金四〇六万五、七七五円及びこれに対する昭和四九年六月二七日以降完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

三  被告(反訴原告)の原告(反訴被告)らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴及び反訴を通じて、これを一〇分し、その一を被告(反訴原告)の負担とし、その余を原告(反訴被告)らの負担とする。

五  この判決は、被告(反訴原告)勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴について

1  請求の趣旨等

(一) 被告(反訴原告。以下単に「被告」という。)は、原告(反訴被告。以下単に「原告」という。)大陽精機株式会社(以下「大陽精機」という。)に対し、金三五四万三、七三二円並びに内金一一八万七、三二七円に対する昭和四八年一〇月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員及び内金二三五万六、四〇五円に対する昭和四九年一二月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(二) 被告は原告(反訴被告。以下単に「原告」という。)大陽ステンレススプリング株式会社(以下「大陽ステンレス」という。)に対し、金二〇〇万九、二八五円並びに内金三四万六、一六三円に対する昭和四八年一〇月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員及び内金一六六万三、一二二円に対する昭和四九年一二月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

(四) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

二  反訴について

1  請求の趣旨等

(一) 原告らは被告に対し、連帯して、金四七五万三、二七五円及びこれに対する昭和四九年六月二七日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴について

1  請求原因

(一) 原告らはステンレス部品の製造販売を目的とする会社である。

(二) 原告大陽精機は、昭和四四年二月一九日、被告から、別紙物件目録記載の建物東光ビル(以下「本件建物」という。)六階一号室(以下単に「一号室」という。)を次の約定で賃借し、右約定に基づき、昭和四四年三月一日、保証金一五〇万円を被告に交付した。

(1) 賃借期間 昭和四四年三月一日から同四九年二月二八日まで五年間

(2) 使用目的 事務室

(3) 賃料   一か月金一〇万四、〇〇〇円

管理費  一か月金二万六、〇〇〇円

毎月末日限り翌月分を支払うこと。

(4) 保証金  一五〇万円

(5) 借主が期限前に解約するときは、三か月前に書面をもって、その旨を貸主に申し出ること。その場合借主は右三か月分の賃料を貸主に支払うこと。

(6) 契約が終了したときは、貸主は、保証金から金二〇万円を控除した残額を、終了時より二か月以内に借主に返還すること。

(三) 原告大陽ステンレスは、昭和四四年四月一五日、被告から、本件建物六階二号室及び三号室(以下それぞれ単に「二号室」、「三号室」という。)を次の約定で賃借し、右約定に基づき、昭和四四年五月三一日、右二室に対する保証金計金一二〇万円を被告に交付した。

(1) 賃借期間 各室とも昭和四四年六月一日から同四九年五月三一日まで五年間

(2) 使用目的 事務室

(3) 賃料   二号室一か月金四万六、〇〇〇円

三号室一か月金五万円

管理費  二号室一か月金一万一、五〇〇円

三号室一か月金一万二、五〇〇円

毎月末日限り翌月分を支払うこと。

(4) 保証金  二号室金五七万五、〇〇〇円

三号室金六二万五、〇〇〇円

(5) 借主が期限前に解約するときは、三か月前に書面をもって、その旨を貸主に申出ること。その場合借主は右三か月分の賃料を貸主に支払うこと。

(6) 貸主は、保証金のうち二号室につき金二四万円、三号室につき金三六万円を、昭和四六年六月三〇日限り借主に返還すること。

(7) 契約が終了したときは、貸主は、保証金の残額から更に二号室につき金七万円、三号室につき金八万円を控除した残額を、終了時より二か月以内に借主に返還すること。

(四) 原告らは被告に対し、昭和四八年四月下旬、書面をもって、右各賃貸借契約をいずれも同年七月三一日限り解約する旨を申入れた。

(五) 原告大陽精機は、被告に対する一号室の保証金残額金一三〇万円の返還請求権と、一号室の昭和四八年七月分の賃料金一一万一、八〇〇円及び水道料金八七三円の合計金一一万二、六七三円の支払債務とを対当額で相殺した。よって被告は原告大陽精機に対し、金一一八万七、三二七円の返還債務を負っている。

(六) 原告大陽ステンレスは、被告に対する二号室および三号室の保証金残額計金四五万円の返還請求権と、右二室の昭和四八年七月分の賃料計金一〇万三、二〇〇円および水道料計金六三七円、総合計金一〇万三、八三七円の支払債務とを対当額で相殺した。よって被告は原告大陽ステンレスに対し、金三四万六、一六三円の返還債務を負っている。

(七) 本件賃貸借契約の賃料および管理費は、一号室、二号室および三号室の実面積を算定基準とし、賃料は一か月坪当り金四、〇〇〇円(昭和四六年五月一日からは金四、三〇〇円)、管理費は一か月坪当り金一、〇〇〇円(昭和四八年一月一日からは金一、二五〇円)の各割合によって計算されるものと約定されていた。

(八) 原告らは、一号室は二六坪、二号室は一一・五坪、三号室は一二・五坪の面積を有するものとして計算された賃料および管理費を、各賃貸借契約の始期より昭和四八年六月三〇日までの間にわたり、被告に対して支払った。

(九) しかるに、各室の実面積は、一号室が約一八・六五坪、二号室が約八・七一坪、三号室が約八・七五坪であって、前項において算定の基準とされた面積に比較すると、一号室において約七・三五坪、二号室において約二・七九坪、三号室において約三・七五坪の不足があった。従って、被告は原告大陽精機に対して、賃料名義で合計金一八八万八、二五〇円、管理費名義で合計金四六万八、一二五円を、また原告大陽ステンレスに対して賃料名義で合計金一三三万二、八五二円、管理費名義で合計金三三万〇、二七〇円を、それぞれ不当に利得した。

よって原告大陽精機は被告に対し、一号室についての保証金残額と不当利得損害金の合計金三五四万三、七三二円並びに内金一一八万七、三二七円に対する弁済期の翌日である昭和四八年一〇月一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金及び内金二三五万六、四〇五円に対する弁済期到来後である昭和四九年一二月一二日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、また原告大陽ステンレスは被告に対し、二号室及び三号室についての保証金残額と不当利得損害金の合計金二〇〇万九、二八五円並びに内金三四万六、一六三円に対する弁済期の翌日である昭和四八年一〇月一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金及び内金一六六万三、一二二円に対する弁済期到来後である昭和四九年一二月一二日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は不知。

(二) 請求原因(二)及び(三)の事実は認める。

(三) 請求原因(四)、(五)及び(六)の各事実はいずれも認める。

(四) 請求原因(七)の事実のうち、本件各賃貸借契約の賃料算定の基礎が、各室の実面積(即ち専用部分の面積)によっているとの点は否認し、その余の事実は認める。賃料の算定基準となる面積は、共用部分の面積をも加えたものである。

(五) 請求原因(八)は認める。

(六) 請求原因(九)の事実は否認する。

3  抗弁

(一) 本件各室についての賃貸借契約の成立及びその終了については、請求原因(二)ないし(四)のとおりであるが、原告らは、本件各賃貸借契約に基づき、本件各室を善管注意をもって、かつ事務室として使用すべき義務を負っているにも拘わらず、本件各室をステンレススプリング等の重量物の置場として使用し、右重量物の集中荷重、荷重超過によって、本件各室の床タイルおよびコンクリート床に十数条の亀裂を生ぜしめた。その結果、本件建物は、現在地震等の際危険な状況にあり、また、六階の本件各室は、床コンクリートの補強工事を施工しないと賃貸できない状態にある。右に述べたような原告らの行為は、本件各室の賃貸借契約の債務不履行を構成するというべきである。

(二) 原告らは、代表取締役を同一人とし、かつその営業目的も互いに関連した同系統の会社であって、本件各室は、原告らの右の如く密接に関連した営業の用に供するために賃借・使用されたものである。また、原告らの善管注意義務違反の内容も同一であり、発生した損害の範囲、原因も分別することが困難である。以上のような債務不履行の態様からすれば、原告らは、被告に与えた損害全額につき、連帯して賠償責任を負うべきである。

(三) 被告は、原告らの債務不履行により、次のとおりの損害を蒙った。

(1) 応急的床補強工事費用(昭和四八年九月一五日及び一六日施行)

金五三万一、〇一五円

(2) 恒久的床補強工事費用(昭和四九年四月三〇日現在における見積額)

金二九一万八、二五〇円

(3) 本件各室の賃料相当額の逸失利益(昭和四八年八月一日から同四九年五月三一日まで)

金二七七万五、〇〇〇円

(1)ないし(3)合計金六二二万四、二六五円

(四) 被告は、本件各賃貸借契約に基づき、昭和四八年七月分の各室の管理費として、原告大陽精機に対して金三万二、五〇〇円、原告大陽ステンレスに対して金三万円の支払請求権を有する。

(五) 被告は、昭和四九年五月八日午前一〇時の本件第一回口頭弁論期日において、右(三)および(四)の各債権をもって、原告らの本訴請求に係る保証金返還債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)のうち、本件各室のコンクリート床に十数条の亀裂が生じたとの事実は不知。その余は否認する。原告らが本件各室にステンレススプリング等の製品を置いたことはあるが、右製品は原告らの営業用商品であってこれを陳列、蔵置することは何ら使用目的に反するものではなく、また右製品はエレベーターで搬出入できる程度の重量であり特別の重量物ではない。仮に被告主張の亀裂があったとしても、原告らの入居以前からあったとも考えられるし、また、その原因としては、本件建物の設計もしくは建築工事の施行に欠陥があったこと、あるいは、昭和四七年暮頃に本件建物と巾六メートルの道路を隔てた場所でなされた一四階建建物の基礎杭打工事に際しての、著しい振動等が考えられるし、いずれにしても原告らの債務不履行によって生じたものではない。

(二) 抗弁(二)の主張は争い、同(三)の事実中損害の内容については不知、損害額については争う。

(三) 同(四)の主張は争う。同(五)の事実中被告主張の相殺の意思表示があったことは認めるが、その余の主張は争う。

5  再抗弁

(一) 原告らが本件各室を使用した期間中には一平方メートル当り一五〇キログラム前後以上の荷重がかかったことはない。かかる使用方法は、通常の鉄骨鉄筋コンクリート造建物の事務所の使用方法として全く相当なものであるし、原告らの使用方法について被告から注意を受けたこともない。従って、仮に被告主張の亀裂が原告らによる本件各室の使用の結果生じたものであっても、原告らには故意はもちろん、注意義務ないし保管義務違反はなく、これを原告らの責めに帰することは出来ない。

(二) 仮りに、前記亀裂が原告らの本件各室使用によって生じたものであるとしても、賃貸人である被告にも過失があるから過失相殺されるべきである。すなわち、被告は、本件建物を店舗併用共同住宅として設計し、建築確認を得たのであるが、本件各室のある六階平面図によると、一号室のほぼ中央の壁、一号室と二号室との壁、三号室の向かって左側の壁、一号室と二号室との境に面する廊下側の壁がいずれもブロック造であり、その重量は一トンないし三トンに達することが明らかである。また壁の位置、柱との関係からいっても、右ブロック壁の荷重がひび割れの原因といえる。また、本件各室の床スラブの厚さ不足、鉄筋量の不足があるし、コンクリート強度、コンクリート打設時の配筋の乱れ、コンクリート養生等の問題点もあり、本件各室は、積載荷重の点からいって、事務所として使用するのは不適当であった。ところが原告らの入居に際し、被告は、前述の本件建物の状況についてなんら説朋しなかったので、原告らは、本件建物が一般の鉄骨鉄筋コンクリート造のビルで事務所用として建築されているものと信じていた。被告は、原告らの本件各室の使用状況を知悉しながら、なんらの注意もしないで看過していたのであるから、賃貸人である被告にも過失があったというべきである。

6  再抗弁に対する認否

(一) 再抗弁(一)は否認する。

(二) 再抗弁(二)のうち、被告が本件建物を店舗併用住宅として建築確認を得て建築したこと、原告ら主張の壁がブロック造であることは認め、原告らが本件建物を事務所用として建築されているものと信じていたことは不知。その余の事実は否認する。

二  反訴について

1  請求原因

(一) 本訴抗弁の(一)ないし(三)において主張したとおり、原告らは、本件賃貸借契約に違反して本件各室の床タイルおよびコンクリート床に十数条の亀裂を生ぜしめ、その結果、被告に対し、合計金六二二万四、二六五円の損害を与えたのであり、原告らは、連帯して、被告に対し、右損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告は、本訴抗弁(五)記載のとおり、本件損害賠償請求権および昭和四八年七月分の本件各室の管理費請求権を以て、保証金返還債務と対当額で相殺する旨の意思表示をした。その結果、本件損害賠償請求権残額は、金四七五万三、二七五円となった。

(三) よって被告は、原告らに対し、連帯して、金四七五万三、二七五円及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和四九年六月二七日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

本訴抗弁に対する認否のとおり。

3  抗弁

本訴における再抗弁のとおり。

4  抗弁に対する認否

本訴における再抗弁に対する認否のとおり。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴について

一  請求原因

1  《証拠省略》によれば、原告大陽ステンレスはステンレス・スプリング等のステンレス部品の製造等、原告大陽精機はその販売等を業とする会社であることが認められる。

2  請求原因(二)ないし(六)の事実は、当事者間に争いがない。

3  請求原因(七)の事実のうち、本件各賃貸借契約の賃料算定の基礎が各室の実面積(即ち専用部分の面積)によっているとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件各室の賃貸借契約書には各室毎に原告ら主張の坪数が表示されており、これに四、〇〇〇円を掛けた額が賃料として、また一、〇〇〇円を掛けた額が管理費として定められていることが認められる。しかし右各坪数が本件各室の実面積(専用部分の面積)を表示しているものであるとの原告らの主張については、《証拠省略》中に一部そのような趣旨の部分があるけれども、未だこれのみでは、原告ら主張事実を認めるには十分でない。かえって《証拠省略》によれば、被告は、本件建物の各室を他に賃貸するについては、各室の専用部分のみではなく共用部分の面積を加えた基準面積を各室ごとに示し、これに単位面積当りの賃料、管理費を乗じた金額をそれぞれ賃料及び管理費として契約を締結して来たこと、本件各室を原告らに賃貸するに際しても、これと同様の方法により、一号室については二六坪、二号室、三号室についてはそれぞれ一一・五坪及び一二・五坪が算定基準となる面積であることを示し、原告両会社側としても、本件各室を実地に見分した上でこれに応じ、前示各賃貸借契約を締結したものであることを認めることができる。そうして、以上認定の事実によれば、本件各室の実面積を基準として各賃料及び管理費が定められたとする原告らの主張を認めることはできないから、その他の点について判断するまでもなく、原告の不当利得の主張は理由がない。

二  抗弁

1  《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、前示当事者間に争いない事実のとおり、原告らと被告との間の本件各室についての賃貸借契約が解約され、原告らが本件各室を明け渡した直後、本件各室のコンクリート床に二十数条の亀裂が生じており、そのうち、一号室及び二号室の床にできている三、四条は、ことに亀裂の度合がひどく、床下面まで貫通していることが判明した。そうして、その後被告側で右亀裂が生じた原因につき、専門家に依頼して調査したところ、右亀裂は不規則なものであって、設計積載荷重以上の物を本件各室の床面の不定な場所に集中して荷重を与えたことが原因と推定された。ところで、原告大陽ステンレスはステンレス・スプリング等のステンレス部品の製造等を、原告大陽精機はその販売等を業とすること前述のとおりであるが、原告大陽精機は、一号室および二号室に、机、椅子、ロッカー等通常事務室で使用される備品の他に、スチール製の製品棚を置いて、その上に前記商品を保管していた。右製品棚は、甲第一一号証の写真と同一ないし同種のものであって、五段の棚を有していた。原告らが一号室および二号室を被告に明渡した時点では、右の棚が一号室に六個、二号室に一二個あった。商品は各種のサイズがあったが、通常は化粧箱に入れた上で、整理して、製品棚の上に置いていた。右のような状態であって、原告大陽精機が一号室及び二号室に置いたステンレス部品は、全体として相当の重量であったと推測され、また、亀裂の位置、状況から集中的に荷重がかかったと推定される箇所と、製品棚の置かれていた箇所とは、大体において一致ないし近接していた。以上の事実を認めることができ、右認定の事実によれば、原告らの入居前から亀裂が存した事実ないし他に亀裂の原因となり得るものが認められない限り、原告大陽精機が一号室及び二号室の製品棚にステンレス部品を置いてその床面に限度以上の集中的な積載荷重をかけたことが原因となって、一、二号室の床面に亀裂を生じ、これがさらに隣の三号室にも影響し、同号室自体についての荷重に加わってその床面に亀裂を生じたものと一応推定されるというべきである。そこで、右推定を覆えすべき原告ら主張の他原因等について考えるのに、原告らは、前記亀裂が原告らの入居前からあったものとも考えられる旨主張するが、これを裏づける証拠は存在せず、かえって、《証拠省略》によれば、一号室は原告大陽精機が賃借して入居するまで空室となっていたことが認められるから、原告らの主張では一号室床面に下面まで達する亀裂のあることが説明できず、従って、原告らの右主張は採用できない。次に、原告らは、本件建物の設計もしくは建築工事の施行に欠陥があった旨主張し、《証拠省略》中には右主張に副う趣旨の部分があるけれども、《証拠省略》と対比するときは、明確かつ具体的な根拠に基づくものとは認められないから、採用できない。そうして官公署作成部分については《証拠省略》によれば、本件建物は当初貸事務所用として設計されたこと、その後住宅金融公庫から融資を受けることが出来るようにその用途を店舗併用住宅に変更したけれども(被告が本件建物を店舗併用住宅として建築確認を得たことは、当事者間に争いがない。)、本件建物の構造計算は、当初の貸事務所用のものと同一であったことが認められる。また、《証拠省略》によれば、事務所用として構造計算された建物は、少くとも一平方メートル当り三〇〇キログラムの積載荷重に耐え得る筈であり、本件建物もその程度の強度をもつように設計、施工されていることが認められるし、また、本件各室のブロック壁の重量が床に亀裂を生ぜしめる程の影響を及ぼすことはなかったと認められる。従って本件建物の設計もしくは建築工事の施行に欠陥があった旨の原告らの主張は採用できない。最後に原告らは、昭和四七年暮頃本件建物付近で施行された基礎杭打工事の影響を主張するけれども、本件各室の床の亀裂の原因が、その態様からいって床面の不定箇所への集中荷重によるものと推定され、建物全体の振動、地盤の不整沈下等によるものとは認め難いこと前記のとおりであるのみならず、もし原告ら主張のような原因によるものとすれば、本件建物の六階だけでなく、他の階の床や壁面にも影響が及んでいる筈であるが、そのような事実を認めるべき証拠は存在せず、かえって《証拠省略》によれば他の階にはそのような異常はないものと一応推定されるから、いずれにしても原告らの主張は認め難い。

以上のとおりで、前記一応の推定を覆えすに足りるだけの事実は認められないことに帰するから、本件各室コンクリート床の亀裂は、原告大陽精機の置いたステンレス部品による集中荷重を原因とするものと認めるほかない。《証拠判断省略》

そうして、右認定の事実によれば、原告らは、被告に対し、賃貸借契約終了の際、自然の損耗は別として、本件各室を原状のまま被告に返還すべき債務を負っていたのであるから、原告らの所為は、被告に対する債務不履行を構成するものというべきである。

2  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、原告両会社は、その代表取締役を同一人とし、前記のとおり、大陽ステンレスの製造したステンレス部品を原告大陽精機が販売するというように、営業目的も関連する密接な関係にあるのであって、原告大陽精機は、原告大陽ステンレスのいわゆる子会社である、そうして、本件各室は、前記のとおり、一号室を原告大陽精機が、二号室及び三号室は原告大陽ステンレスが賃借したのであるが、三号室を一応原告大陽ステンレスの社長室としたけれども、原告大陽精機が使用することもあったし、二号室は専ら原告大陽精機が使用していたものであった。また、前記乙第二、第三号証の二号室及び三号室の賃貸借契約書には、右二室の賃借人を将来原告大陽ステンレスの子会社である原告大陽精機外二社に変更することもあり得ることが記載されている。右認定の事実によれば、原告らは、いわゆる親会社、子会社として、その営業目的遂行のため、一体となって本件各室を共同して使用していたというのが実態であり、被告側としても、これを容認していたものである。また、前記認定の事実によれば、原告らの負う善管注意義務及びその違反の内容も同一であり、発生した損害の範囲、原因も分別することが困難なのであって、以上のような本件債務不履行の態様からすれば、原告らは、被告に与えた損害を連帯して賠償する義務あるものと解するのが相当である。

3  次に損害の点について判断するのに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち被告は、前記のとおり、本件建物の六階床コンクリートに亀裂を生じたため、一級建築士小山利雄と相談した上、応急処置として、昭和四八年九月六階一号室及びその下方にある地階までの各室の床面にそれぞれ鉄柱を入れて支えるようにしたが、その工事費用として、諸雑費を入れ合計金五三万一、〇一五円を支出した。また、その後の本件建物の状況からすると、床の補強工事が必要であり、そのためには、現在賃貸中の五階を一時明けた上で工事をしなければならないのであるが、この点の経費を考慮にいれないでも、補強工事に要する費用は、昭和四九年四月三〇日現在における見積額である金二九一万八、二五〇円を下らないものと認められる。そうして、被告は、原告らの債務不履行により、右各金額相当の損害を蒙ったものというべきである。

次に、《証拠省略》によれば、被告は、原告らから本件各室の明渡を受けた以後、前記床の亀裂のため、これを他に賃貸することができず、補強工事施行のため使用することが必要な五階を賃貸中であることもあって、工事を施行できないまま、本件各室を空室としていることが認められる。そうして、被告側としても、もちろんなるべく早期に補強工事を施行して損害の拡大防止に努力すべき信義則上の義務があるにしても、右のような事情からすれば、本件各室を他に賃貸していれば得られたであろう逸失利益として、被告の主張する一〇か月分の賃料合計金二一五万円の支払義務を原告らに認めるのが相当である。被告主張の管理費については、その実費としての性格上本件各室を他に賃貸していない期間中においては被告においてその支出を免れるものと一応推認するのが相当であるから、採用できない。

以上の次第で、原告らは、債務不履行による損害賠償として、被告に対し、合計金五五九万九、二六五円の支払義務あるものというべきである。

4  次に、被告は、原告らに対し、昭和四八年七月分の管理費の支払請求権がある旨主張するが、右請求権の存否は、当事者間の合意の内容によって決せられるべきものであるところ、賃料については、前記当事者間に争いない事実のとおり、賃借人に解約申入の日から三か月分の賃料の支払義務があることが定められているのであるが、管理費については、前記乙第一ないし第三号証(本件各室についての賃貸借契約書)にもそのような定めは見当らないし、他に原告らにおいて、本件各室を明け渡した後である昭和四八年七月分の管理費を負担すべき根拠となる事実を認めるべき証拠は存在しないから、この点に関する被告の主張は採用できない。

5  抗弁(五)の事実中被告主張の相殺の意思表示があったことは、当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告に対する原告大陽精機の金一一八万七、三二七円、原告大陽ステンレスの金三四万六、一六三円の各保証金返還債権は、被告の原告らに対する損害賠償債権合計金五五九万九、二六五円により、受働債権の履行期の到来した昭和四八年一〇月一日の時点において(《証拠省略》によれば、原告らの本件各室明渡直後から、被告において、損害賠償を請求していると認められるから、自働債権である被告の損害賠償債権についても、右日時には、履行期が到来していたものと認められる。)その対当額において相殺され、全額消滅したものというべきである。従って被告の相殺の抗弁は、その理由がある。

三  再抗弁

1  原告らは、同人らの本件各室の使用方法が事務所としての使用目的からいって相当であるから、原告らには故意はもちろん、注意義務ないし保管義務違反はない旨主張する。しかしながら、本件各室の床に加えられた集中荷重が異常なものであり、床の下面に達する程の亀裂を生ぜしめたこと前記認定のとおりである以上、原告らの本件各室の使用状態は、通常の事務所としての使用とは全く異なり、部分的には倉庫との併用に近いような状況にあったものと推認されるから、仮りに原告ら主張のように被告から注意を受けたことがなかったとしても、原告らには善管注意義務違反があったものというべきであり、原告らの主張は採用できない。

2  次に原告らの過失相殺の主張について考えるのに、本件各室にブロック壁による過荷重あるいは床スラブの厚さ不足等に起因する床の瑕疵があるため、事務所として使用することが不適当であったとの原告ら主張が認め難いことは、前記認定から明らかであるし、また、《証拠省略》によれば、被告側としても、本件各室に出入りする機会もあり、使用状況を全く知らなかったわけではないが、原告らにおいて、前記認定のような重量のステンレス部品を常時本件各室に置いているとは考えていなかったし、右部品の種類、重量等についても正確な知識を持っていたわけでもないことが認められるから、未だ被告側にしんしゃくに値する程の過失があったものとは認められず、原告らの主張は採用できない。

四  結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、その理由がなく、失当として棄却を免れない。

第二反訴について

一  請求原因

1  原告らが被告に対し、連帯して、合計金五五九万九、二六五円の債務不履行による損害賠償債務を負っていることは、本訴抗弁に対する判断1ないし3において判示したとおりである。

2  被告が右損害賠償債権を以て、原告らの本訴請求に係る保証金返還債権とその対当額で相殺したこともまた、本訴抗弁に対する判断5で示したとおりである。

3  従って、被告の原告らに対する損害賠償債権の残額は、金四〇六万五、七七五円となる。

二  抗弁

原告らの抗弁の理由のないことは、本訴再抗弁に対する判断1及び2において判示したとおりである。

三  結論

よって、被告の反訴請求は、被告より原告らに対し、連帯して金四〇六万五、七七五円及びこれに対する履行期到来後である昭和四九年六月二七日以降完済に至るまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でその理由があるが、その余は、失当として棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田耕三)

〈以下省略〉

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